僕はあまりテレビを見ないし、新聞もとっていない。だから笹井さんについての情報は基本的にネットの新聞によっている。10月7日の日経新聞には、笹井さんが尾崎さんから計数万円のビール券を受け取っていた疑いがあるという記事が掲載された(僕は尾崎さんのことは知らないが、記事によると市役所の複数の部署を頻繁に出入りしていたそうだからたぶん見たことがあるのだろう)。
僕はビール券を「受け取らされた」か、あるいは「受け取らざるを得ない状況にあった」と強く自然に思っているが、どちらにしても「受け取った」ことが事実ならばそれは法律上、まことによろしくないことなのは間違いない。むろんのこと、笹井さんにとっても僕にとってもよろしくない。
記事によると市長にとって尾崎さんは「子供からの知り合いで、熱心な支援者のひとり。年に3,4回、冠婚葬祭で運転手を頼むことがある」という間柄らしい。しかし市長はその尾崎さんを介しても「事件への関与はまったくありません」と言ったらしい。僕は笹井さんに冠婚葬祭の運転手を頼むことはないが、子供からの知り合いで(父親のような存在として)僕を熱心に支援(あるいは教育)してくれるひとりではある。関係としては似たような部分も認められる。
笹井さんを知らない世間の人は「また桑名市で不祥事か。入札の最低制限価格を漏らすなんて、笹井というやつはまったくもって公務員の風上におけないやつだ」と思うだろう。僕は笹井さんを知っているから、そうは思わない。そう思いたくない、というのももちろんあるが、それはほんとうにそう思わないのだ。「思いたくない」と「思わない」の力関係は、白鵬と部屋に入りたての力士よりも明白だ。
けれど僕は市長のことも尾崎さんのことも知らない。市長と対面したのは入庁のときと退職するときと、ある日のエレベーターの中と、レガッタの大会で(なぜか)僕が宣誓をしたときだけだ。当然、会話というものをしたことはない。する立場にない。だからほとんど何も知らない。そして市長は市長である。水谷元さんは市長という大きな権力をもつ役職についている。大きな権力ということばは多かれ少なかれ、いつも良くないイメージを内臓している。だから、市長が尾崎さんを介して事件にまったく関与していないとは思えないという、一般的な見方は自然なものだと思う。そのうちに「事件へ関与しているという認識はなかった」と言って、事件への関与を認めることはよくあることだ。本当のところはもちろん僕が与り知るわけもないが。
笹井さんは今何をしているのだろうか。
今日は朝から三宮に安養寺くんと書類を届けに行き、事務所に戻って構造一級建築士の問題集を見て(やってはいない)、トンカツを食べて帰宅した。帰宅してからは『1Q84』を読み耽った。途中、短い午睡を挟みながら読み続けた。夕方に自宅のある京橋近辺を歩いたが『1Q84』を離すことができず、支障のない範囲で歩きながら読んだ。
『1Q84』の世界に身を置いている他は、どうしても笹井さんのことが頭に浮かんでくる。
今、何をしているだろうか。留置所に拘留されているのだろうか。どんな姿勢で、何を考えているのだろうか。あぐらをかいているかもしれない、寝そべって肘をついているかもしれない、あるいは壁にもたれてぐったりしているのかもしれない。家族のこと、自分のこと、自分以外のこと、これからのこと、これまでのことも考えただろう。ときには大好きなゴルフのことも考えたと思う。最近妙にはまっていた自転車に乗りたいと思うこともあっただろう。一緒にお千代保さんへ自転車で行ったときは、笹井さんのスピードとそのスタミナに驚いた。「おまえら、おれが50半ばやのに、そんなんではあかんぞ」と笑いながら言っていた。しかも何回も言っていた。おっさんは何回も同じ事を言うと相場は決まっている。
『1Q84』はとてもおもしろい。僕の読書史で忘れられない物語になる手ごたえがある。今日は、BOOK1の500頁くらいからBOOK2の350頁くらいまで読んだ。
151頁では青豆は祈っていた。
- 彼女にできるのはお祈りすることくらいだ。しかし彼女にはわかっていた。お祈りは効くのだということが。
245頁で男は言った。
- ひとつの善は次の瞬間には悪に転換するかもしれない。
- (中略)重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。
- (中略)そう、均衡そのものが善なのだ。
そしてバランスをとるために、単体としての自らのバランスを崩さざるを得ない人がいるのだ、と。
笹井さんは、全くもって本を読まない人だが、その笹井さんに僕がたとえば『1Q84』を読んで生じる心象を投影することができたら、笹井さんはどのようにことばにするだろうか。笹井さんはおそらく僕よりも知っている日本語の数は少ないが、僕よりも的確に語彙を選択して適切な抑揚や声量で発声する。言い過ぎた。声量はだいたい大きすぎる。そして僕にとっては適切だが、適切でない人も多くいる。当たり前だが、間違えることもある。
【日本経済新聞(オンライン) 2011/10/7/2:00】
三重県桑名市が発注した小学校の耐震補強工事を巡る不正入札事件で、最低制限価格を漏らした疑いがある同市都市整備部の笹井保男容疑者(56)=競売入札妨害容疑で逮捕=が、建設業者に同価格を伝達したアルバイト、尾崎勝彦容疑者(73)=同=から、計数万円のビール券などを受け取っていた疑いがあることが6日、捜査関係者などへの取材でわかった。
笹井容疑者に取り入る目的で提供していた可能性がある。愛知県警は、笹井容疑者が価格を漏らした動機や、金銭提供の有無についても慎重に調べを進める方針。
県警は4日、尾崎容疑者を通じて建設会社「マルマ工務店」社長、伊藤利光容疑者(55)=同=に最低制限価格を漏らしたとして、笹井容疑者を逮捕。県警によると笹井容疑者尾崎容疑者について「(水谷元)市長に近い存在と認識していた」と供述している。
同市関係者によると、尾崎容疑者は依頼を受けた陳情などのために市役所の複数の部署に頻繁に出入り。市役所では市長の「秘書さん」と呼ばれていたという。
マルマ工務店は笹井容疑者が別の部署に異動後の2010年4月以降に、同市発注の別の2つの工事でも最低制限価格と同額で落札。県警は笹井容疑者以外のルートでも価格が漏洩していた疑いがあるとみて調べている。
【毎日jp 2011/10/7】
桑名市職員が市発注工事を巡り、競売入札妨害容疑で逮捕された事件で、同市議会が6日行った水谷元市長に対する問責決議。度重なる職員の不祥事に、市長の管理責任を厳しく問うたが、市長は改めて辞職を否定した。
本会議では、冒頭に水谷市長をはじめ市幹部が全員起立し、頭を下げて謝罪。水谷市長は「09年11月と10年3月の職員逮捕を受け、全庁挙げて再発防止に取り組んでいる最中に、職員が逮捕されるという事態が発生したことは痛恨の思いでいっぱいだ」と述べた。その後、可決された問責決議では、再三の不祥事を「異常事態だ」と指摘し、「市長に猛省をうながすとともに、早急に真相究明を行い、市政の最高責任者としての責任を果たすよう強く問う」などとしている。決議を受け、水谷市長は再発防止に取り組み、信頼回復を図る考えを示した。佐藤肇議長は可決について「再三にわたる不祥事で、やむを得ない」と語った。
閉会後、水谷市長は、辞職の考えがないことを強調し、事件への関与についても「まったくありません」と述べた。
賛成少数で認められなかったが、決議に先立ち緊急動議で辞職勧告決議案提案を求めた伊藤徳宇市議は「今回の事件は市長の関係者がかかわる大きな事件だ。今まで以上に責任が問われる」と話した。【加藤新市、佐野裕】
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